第1回 なぜ仏教を学ぶのか−医学の学びと仏教の学びの違い

テーマ
苦悩をどう見るのか
要旨

人間には、苦悩するという形でしか受け止められないことがある。現代医療において、基本的な考え方は、苦悩というマイナスをプラスにするという発想であり、「苦悩を確かめる場所」が乏しいということが問題ではないか。仏教はその苦悩が人間にとって如何なる意味をもち、苦悩をどう生きることが「人間として生きる」ことなのかを学ぶものである。

なぜ仏教を学ぶのか

現代医療の問題を考えるときに、なぜ仏教を学ぶのか。社会の問題であれば社会学を学び、経済の問題であれば経済学を学ぶように、現代医療の問題を考えるのであれば医学を学べばよいはずである。それにもかかわらずなぜ仏教を学ぶ必要があるのか。そのことを少し整理しておきたい。

もし、なぜ医学を学ぶのかと医学生や医者に問うてみれば、多くの人は「病気を治すため」と答えるであろう。では続いて、なぜ病気を治すのかと問えば、すぐにそんなことを聞いてどうするのか、病気を治したらいいのは当たり前ではないか、と言われるだろう。あるいは、患者の苦痛を取り除き、患者を笑顔にするためであり、それは当然いいことだろうといわれるかもしれない。このように、医学を学ぶのは病気を治すため、あるいは苦痛を取り除くためと考えるのが普通である。

しかしいくら医学が進歩しても治せない病気がある。治せない病気に対して医学はどのように応えるのか。それに対して多くの医師はまた、少しでも苦痛を取り除くように努めると言うだろう。ホスピスの創始者とも言われるイギリスの医師シシリー・ソンダース氏は、苦痛を、身体的、精神的、社会的、霊的(スピリチュアルペイン)という四つの側面から見て緩和するという「全人的苦痛(トータルペイン)」という概念を提唱した。苦痛をより多角的に捉えるという点で意義あることであるが、基本的に苦痛は取り除くべきものであるということが大前提である。それを否定する必要はないが、「苦痛を取り除く」という見方だけでよいのだろうか。

 

苦悩を取り除くという態度に潜む問題

筆者は、受け持ったALSと診断された患者に、「生きていることを喜べるように」ということを話したとき、非常に悲しそうな眼をされたことがあった。そのことの意味を考えるとき、清水哲郎氏が述べる次のことが重要である。

では逆に「人間は死んだらそれで終わりだ——自分はまだ死にたくない」と死を受け入れたくない人がいたとして、その人の「死んだら終わり」という状況把握をどう評価したらいいだろうか。少なくとも私たちはそれをマイナスに評価することはできない——そうした状況把握が適切ではないと誰が言えようか。またそのことでその人が悲しんでいるとして、その悲しみはないほうがよいと、死に直面しても歓びの日々である方がよいと、誰が評価できようか。悲しいのは当たり前ではないか。それを「スピリチュアル・ペイン(痛み)」というならば、痛いのが普通であって、ことさらその人に援助の手を伸べなければなどと思う方がスピリチュアルに思い上がった姿勢であろう。

(清水哲郎『医療現場に望む哲学』p.152-153)

清水氏は、死に直面すれば「悲しいのは当たり前ではないか」と指摘する。苦悩を無いほうがよいものとしたとき、その苦悩は無意味なものとなり、「その苦悩がいかなる意味をもつのか」と内容を吟味することをやめてしまうことになる。患者の悲しい眼は、「私の苦悩をあなたはわかろうとしてくれない」という声だったのではないか。私たちはあまりに老病死の苦悩を知らないままに、苦悩に対処しようとしているのではないか。

 

苦悩を通してしか確かめられないこと

哲学者である西田幾多郎は、我が子の死に対してこのように述べる。

親の愛は実に純粋である、その間一毫も利害得失の念を挟む余地はない。ただ亡児の俤を思い出ずるにつれて、無限に懐かしく、可愛そうで、どうにかして生きていてくれればよかったと思うのみである。若きも老いたるも死ぬるは人生の常である、死んだのは我子ばかりでないと思えば、理においては少しも悲しむべき所はない。しかし人生の常事であっても、悲しいことは悲しい、飢渇は人間の自然であっても、飢渇は飢渇である。人は死んだ者はいかにいっても還らぬから、諦めよ、忘れよという、しかしこれが親に取っては堪え難き苦痛である。時は凡ての傷を癒やすというのは自然の恵であって、一方より見れば大切なことかも知らぬが、一方より見れば人間の不人情である。何とかして忘れたくない、何か記念を残してやりたい、せめて我一生だけは思い出してやりたいというのが親の誠である。昔、君と机を並べてワシントン・アービングの『スケッチブック』を読んだ時、他の心の疵や、苦みはこれを忘れ、これを治せんことを欲するが、独り死別という心の疵は人目をさけてもこれを温め、これを抱かんことを欲するというような語があった、今まことにこの語が思い合されるのである。折にふれ物に感じて思い出すのが、せめてもの慰藉である、死者に対しての心づくしである。この悲は苦痛といえば誠に苦痛であろう、しかし親はこの苦痛の去ることを欲せぬのである。(西田幾多郎が藤岡作太郎著『国文学史講話』の序によせたもの)

悲しみは大変な苦痛であるが、「この苦痛の去ることを欲せぬ」という。苦悩を通してしか確かめられないことが人間にはあるというのである。

 

苦悩を確かめる場所がない

このことを通して現代の医療を鑑みると、苦悩を直接的に取り除き、苦悩というマイナスをプラスにするという発想に偏っており、「苦悩を確かめる場所がない」ということが一つの大きな問題ではないか。否定を受け止める論理がないのである。筆者は脳神経内科医であり神経難病を診療しているが、多くの場合は進行性であり、病による苦悩は避けがたい。苦悩しつつ亡くなっていった人もある。それを目の当たりにしたとき、その苦悩の人生は決して無意味ではなく、そこにこそ人間にとって尊い姿、尊厳があると考えるべきだと思うのである。仏教はその苦悩が人間にとって如何なる意味をもち、その苦悩をどう生きることが「人間として生きる」ことなのかを学ぶものである、といえるのではないかと考える。

 

「樹下思惟」に見られる仏教の思索の態度

その仏教の思索態度は、仏伝に確かめることができる。釈尊の少年時代の挿話として描かれる、いわゆる「樹下思惟」(樹下観耕)の物語である。

その時、太子、王に出遊せんと啓す。王すなわち聴許す。時に王、すなわち太子ならびに諸もろの群臣と、前後に導従して、国界を按行して、次いでまた前行して、王の田所に到る。すなわち閻浮樹下に止息して、諸の耕人を看る。

その時、浄居天、壌虫を化作し、烏したがってこれを啄む。太子、見おわって慈悲心を起す。「衆生や愍むべし。互に相い呑食す」と。すなわち思惟し、欲界の愛を離れ、かくのごとくして乃至、四禅地を得たり。日光昕赫するや、樹ために枝を曲げ、したがって太子を蔭う。

その時、白浄王、四面に推求して、太子を問い覓む。従人答えて曰わく。「太子、今、閻浮樹下に在り」と。時に王、すなわち諸もろの群臣と、彼の樹のところに往く。いまだ至らざるの間、はるかに太子の端坐思惟するを見、また彼の樹の曲がりてその躯を蔭うを見て、深く奇特を生ず。時に王、すなわち前みて太子の手を執り、問うて言わく。「汝、今、何が故にここに在りて坐するや」と。太子、答えて言わく。「諸もろの衆生を観るに、かわるがわる相い呑食す。はなはだ傷み愍むべし」と。

王、この語を聞きて、心に憂悩を生じ、その出家を慮り、宜しく急に婚娉して、もってその意を悦ばすべしと、すなわちこれを呼びて、「倶共に国に還らん」と。太子、答えて言わく。「願わくは、ここに停まらん」と。王、その語を聞きて、心にすなわち念言す。「彼の阿私陀が往日に説けるところ、太子、今、まさにその言のごとくならんとす」と。王、すなわち涙を流し重ねて「国に還らん」と喚ぶ。太子、すでに父王のかくのごとくなるを見て、すなわち隨従して、所止に帰る。王、在家を楽しまざるを恐れ愁憂い、さらに妓女を増やしてこれを娯楽せしむ。(『過去現在因果経』大正蔵3, 629a22-b11)

少年ゴータマは閻浮樹の下で、烏が生きるために虫を啄み、虫は食べられてあっけなく死ぬのを見て、「衆生や愍むべし。互に相い呑食す」という。ここで「あわれ」ということが大事な意味をもつ。自然の摂理だと言ってしまえばそこに悲哀も苦悩もない。王は少年ゴータマが憂悩しないように、悦ばせようと国へ還ろうという。しかし少年ゴータマは「願わくは、ここに停まらん」と悲哀にとどまろうとするのである。このエピソードは、釈尊の思索が悲哀から始まっていることを表していると考えられる。この挿話はさまざまな仏伝に語られているが、老病死を見て出家してゆく物語である「四門出遊」の前や後にみられる(「四門出遊」については第4回の授業で扱う)。また多くの仏伝は、苦行を捨てるときに、この閻浮樹下の経験を思い出すという形をとっている。例えば『仏所行讃』にはこのようにある。

苦形は枯木の如くして、六年を垂満するも、生死の苦を怖畏し、専ら正覚の因を求む。自ら惟うに、此れによっては、離欲寂観は生ずるに非ず。未だ、我れ、先の時、閻浮樹下に於いて、得し所の未曾有なるに若かず。当に知るべし、彼れは是の道なり。(『仏所行讃』大正蔵4, 24b23-27)

苦行は、閻浮樹下において得た、衆生という在り方をあわれむ心に及ばない、というのである。苦行により自身の苦悩を直接的に取り除こうとしていたゴータマはその道を捨て、苦悩の真っ直中において、苦悩を思索する道を選んだといえる。そこに、苦悩を取り除くために医学を学ぶという学び方とは根本的に立場の異なる、仏教の学びの態度があるといえる。

そのことを踏まえ、今後14回にわたり、老病死の苦悩とは我われ人間にとっていかなるものであり、その苦悩を乗り越えるとはいかなる事態であるかということを、医療現場の問いを傍らに抱きつつ、仏教の思索を確かめながら学んでいきたい。それは一人の悩める青年ゴータマが仏陀になった、ということの意味を確かめることでもある。

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