始まりをいただく
[この記事は『崇信』二〇二五年十月号(第六五八号)「病と生きる(115)」に掲載されたものです] 十年ほど前、あるお寺で法話の機会をいただいた。二日で三座、そのすべてを聞きに来られたかたがおられた。三座目は永代経法要とい...
連載「病と生きる」[この記事は『崇信』二〇二五年十月号(第六五八号)「病と生きる(115)」に掲載されたものです] 十年ほど前、あるお寺で法話の機会をいただいた。二日で三座、そのすべてを聞きに来られたかたがおられた。三座目は永代経法要とい...
医療×仏教前回は孤独ということについて、早川一光医師のことばを通して確かめた。「さみしい」ということは、状況を整えれば解決できるようことではない問題を孕んでいる。誰も自らの死を代わるものはいない。そういう意味でかけがえのないいのち...
医療×仏教今回は認知症という疾患をとおして考えていきたい。認知症とは脳の病気であると一般的には考えられている。確かに脳の神経細胞に特殊なタンパク質が蓄積し、神経細胞が破壊され減少することで、記憶障害、見当識障害などと呼ばれる高次脳...