同じ方向を向いて(2)
[この記事は『崇信』二〇二六年六月号(第六六六号)「病と生きる(120)」に掲載されたものです] (前回までのあらすじ)両親を亡くした苦難を乗り越え、大学合格を果たしたご門徒のお孫さんに、突如として精神疾患の急性期症状が...
連載「病と生きる」
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連載「病と生きる」[この記事は『崇信』二〇二六年六月号(第六六六号)「病と生きる(120)」に掲載されたものです] (前回までのあらすじ)両親を亡くした苦難を乗り越え、大学合格を果たしたご門徒のお孫さんに、突如として精神疾患の急性期症状が...
連載「病と生きる」[この記事は『崇信』二〇二六年五月号(第六六五号)「病と生きる(119)」に掲載されたものです] 受念寺にご縁のある方の、一人のお孫さんの歩みである。ご両親の月参りには、いつも一緒に『正信偈』を声に出しておつとめされ、寺...
連載「病と生きる」[この記事は『崇信』二〇二六年四月号(第六六四号)「病と生きる(118)」に掲載されたものです] 昨年三月頃、受念寺に併設する私設図書館『念々堂』に、ご夫婦で通ってくださるようになったかたがあった。たまたま通りがかりに...
連載「病と生きる」[この記事は『崇信』二〇二六年一月号(第六六一号)「病と生きる(117)」に掲載されたものです] 病と生きる(83)「如来の悩み」(二〇二二年十月号)で紹介した方の、その後のことである。ビタミンB1と葉酸の欠乏による小脳...
連載「病と生きる」[この記事は『崇信』二〇二五年十一月号(第六五九号)「病と生きる(116)」に掲載されたものです] 十年ほど前、あるお寺で法話の機会をいただいた。二日で三座、そのすべてを聞きに来られたかたがおられた。三座目は永代経法要と...
連載「病と生きる」[この記事は『崇信』二〇二五年十月号(第六五八号)「病と生きる(115)」に掲載されたものです] さみしそうに外を眺めている。部屋をたずねるといつも窓際に座り、塗り終わったぬり絵が無造作に机に残されている。声をかけると、...
連載「病と生きる」[この記事は『崇信』二〇二五年八月号(第六五六号)「病と生きる(114)」に掲載されたものです] 外来に長らく通っておられ、脳卒中の後遺症で右上下肢に麻痺があるかたのことを何度か紹介した(「病と生きる(63)マスクをめぐ...
連載「病と生きる」[この記事は『崇信』二〇二五年七月号(第六五五号)「病と生きる(113)」に掲載されたものです] 二〇二五年五月十六日、父が浄土往生の素懐を遂げた。 遡ること一か月前の四月七日、状態が安定しているとのことで、心筋梗塞の...
連載「病と生きる」[この記事は『崇信』二〇二五年六月号(第六五四号)「病と生きる(112)」に掲載されたものです] 認知症を診る外来では、記憶ということに着目することが多い。そして、その記憶が失われることをみな恐れ、悲しむ。 最近何かあり...
連載「病と生きる」[この記事は『崇信』二〇二五年五月号(第六五三号)「病と生きる(111)」に掲載されたものです] 先日、多系統萎縮症と診断されていた患者さんが亡くなった。肺炎だった。 運動機能は低下してきていたが、病気の末期ということ...