私の足を運ぶもの

今日もいつものように痰を吸う音が聞こえる。彼の頸部には穴が空いており、管が入っている。私は彼のもとを週一回訪れるが、いつ行ってもお母さんがおられる。彼が脳の手術後寝たきりになってから、お父さんと交代で毎日病院に来られ、そうやって時折頸部の穴から痰を吸引する。彼の表情はときに笑顔に見えたり、ときにしかめ面に見えたりする。しかし呼びかけても反応ははっきりしない。「自分が手術を止めればよかったのではないか」お母さんはずっとそう後悔されているという。回復は困難であるとわかっていても願わずにはいられない。

最初の頃、私の足取りは重かった。「一体何ができるのか」「どんな言葉をかけたらよいのか」そんな気持ちであった。しかし毎週お二人の姿を見る中で、その気持ちは変わっていった。「今日は天気がいいから川の方まで行ってきました。」そこには日常があった。自分のことを差し置いて彼のために尽くされていた。そしてあるとき、お母さんはこうおっしゃったのだった。「私はこの子に生かされているんです。」

私は恥ずかしくなった。私は彼の人生に自分勝手な価値をつけていたのではないか。「なんとかしたい」と思う私の眼は、彼をただ「脳障害の患者」としか見ず、治療しないといけない「気の毒な患者」としか見ていなかったのではないか。何か特別な人としか見ず、そして目の前の彼とは別の特別な姿を求め、今まさに豊かな日常を生きる姿を見ていなかったのではないか。

確かに病を生きることは筆舌に尽くしがたい。回復してほしい。しかし彼はただ不幸なだけの時間を過ごしているのではない。お母さんは彼を生かし、彼はお母さんを生かしていたのである。そんな生かし生かされる関係の中を生きる彼の存在そのままを認められていなかった。

よく「寝たきりになってまで生きていたくない」などという言葉を聞く。そのたびに彼のことを思い出す。ある講演で、仏教者までも彼のような方の写真を見せて、「こんなふうになりたいですか?執着せず自然に生きなければならない」などと言うのを聞いた。どんな状況であってもそこを生きていくことの勇気と尊厳を示すのが仏教ではないのか。

「非不見此彼」(此を見ずして彼を見るものには非ず)(『唯識三十頌』第二十二偈)彼の病の事実はかわらない。我々はその事実を様々に見て意味づけ、一喜一憂する。しかしそんな相対的な意味を破り、ほんとうの意味、いかなるときも崩れることのない此の存在の尊さを知って初めて、彼の事実を事実のままに見ることができるという。

では相対的な価値に留まる私が、果たして存在の尊さに触れることができるのだろうか。そのことがなお私の足を竦ませる。しかしお母さんの姿はその足を進ませてくれた。お母さんは真実に触れたのだろうか。それは真実を見る眼をもつ仏陀にしかわからない。しかしわからなくても、真実に触れたい、彼が今ここに生きているほんとうの姿を見たい、というお母さんの純粋な心は、病の事実の中を単なる事実としてではなく「生かし生かされる」事実として二人を歩ませ、その歩みそのものが、事実を荘厳しているようであった。そのことが今日も私の足を病室へと運んでくれる。

[『崇信』二〇一五年十一月号(第五三九号)「病と生きる(3)」に掲載]

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