[この記事は『崇信』二〇二四年九月号(第六四五号)「病と生きる(105)」に掲載されたものです]
私が研修医だったころのことである。同期の医師が当直でもないのに連日病院に泊まっていた。重症の患者さんがいるという。それだけ聞くと、熱心な医師だということになるかもしれない。確かに真面目で責任感の強い先生であった。しかし当直医も夜勤の看護師もいるのだから、ある程度まかせなければ医師自身が疲弊してしまう。
だいぶ疲れの色が見えていたので、そこまでしては身体を壊してしまうから、少し他の先生や看護師にまかせたらどうかと言った。しかし、どうも責任感からだけではないようであった。実は患者の家族から、状態が悪いのだから主治医が夜中もつきっきりで見るべきだと言われたのだという。
重症患者は相当な頻度で受け持つ。したがってその度に同じことをしていては全く身体が持たない。通常は、夜間の対応は看護師に指示したり、看護師が対応できないことは当直医が対応したりする。しかし家族の要求が執拗であったので、毎日一晩中、自らおこなっていたのだった。それは行きすぎた要求だと言ったが、これも経験だ、患者さんも心配だといって続け、日に日にやつれていくばかりであった。
幸いにして容態は改善し、その同期の医師も解放されたが、あのまま続けていたらどうなっていたか。自分の家族の命がたすかれば、医師の命はどうなってもいいと考えているのか。仕事だから当然だと思っているのか。これはいわゆるモンスターペイシェント、あるいはペイシェントハラスメントといったことに当たると考えられる。患者や家族からの暴言や暴力、度を越えた要求が深刻化しているとときどきニュースになるが、医療現場ではそれによって疲弊しやめていく人もある。医師法第十九条には、「診療に従事する医師は、診察治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」とあるため、それを逆手にとって、どんなときも要求されれば診るべきだと迫られる。
実際私自身も勤務時間外に尋ねてきては長時間の説明を頻繁に求められたこともあった。あるいは、自分が調べてきた資料を延々と説明し、「そんなことも知らないのか、これに沿った薬を出せ」などと侮辱したり通常の医療ではないことを要求したりする人もあった。自宅を調べられたり、直接身の危険を感じたりすることもあった。
私はモンスターペイシェントというよりは、ペイシェントハラスメントと言うほうがいいと思う。もともとモンスターという固定した性質の人がいるのではなく、いろいろな背景があってそうなっていると考えるべきだと思うからである。私が前任から引き継いだとき、要求が理不尽で問題のある患者だと言われた人がいた。確かに最初から不信感をあらわにして高圧的であったが、丁寧な説明を繰り返していると、こんなにちゃんと説明されたことがなかったと感謝されるようになった。だから医師の対応がつくり出してしまっている場合もある。しかし前述のように、医療者を疲弊させるハラスメントという行為自体は実際に起こっているのだから、固定した性質ではなく行為を示す言葉では指摘しなければならない。
どうも二〇〇〇年ごろから増え始めたと言われる。それは報道で医療事故が大きく扱われ、患者の権利が強調されて病院でも患者を「患者様」と呼ぶようになった時期と重なるとも言われる。金銭を払った対価として医療〝サービス〟を受けているという考え方のもとで、一人の人間対人間という関係が失われていったからかもしれない。しかし医療者も人間であり、限界を超えて働けるわけではないし、心ない言葉には傷つくのである。
共通しているのは、多くの場合、相手を傷つけようと悪意を持って言っているのではないということである。命を守るという正当な理由がある。私は正しい、相手が間違っている、と。相手を正そうとするとき、あるいは同じ人間ではないと見たとき、人はこれほどまでに残酷になれるものなのかと、身をもって感じるのである。それも無自覚だからなお恐ろしい。
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