意思決定支援が見逃していること
[この記事は『崇信』二〇二三年三月号(第六二七号)「病と生きる(88)」に掲載されたものです] 昨年十二月、「本人の意向を尊重した意思決定のための相談員研修会」というものに参加した。意思決定を支援する相談員の育成と、AC...
[この記事は『崇信』二〇二三年三月号(第六二七号)「病と生きる(88)」に掲載されたものです] 昨年十二月、「本人の意向を尊重した意思決定のための相談員研修会」というものに参加した。意思決定を支援する相談員の育成と、AC...
筋強直性ジストロフィーの方が入院されたときのことである。一時食事量が減り、呼吸状態も悪くなった。すぐに持ち直したが、今後栄養が取れなくなったとき胃瘻を造設するか、呼吸状態が悪くなったとき人工呼吸器を使用するか、などの選択...
先日、ALSの患者さんが四十三年の生涯を終えられた。昨年十月には手紙を書き(病と生きる(72))、本年三月号には眼が見開いたことを記したばかりであった(病と生きる(76))。長い闘病であった。私ができることは何もなかった...
渇愛と清浄意欲 前回は、生きる意欲ということについて学んだ。我われには「私が私でありたい」「私としていのちを全うしていきたい」という願いがある。その願いは人間の根本であるともいえるが、我われはほんとうに欲し...
「私は親の面倒を一生懸命みてきた。自分も娘にそうしてもらえると思ったら孫のことばかりで、私が困っていても助けてくれない。苦労して育てたのに。つまらん人生だった。」神経難病で入院中の女性の言葉である。 してほしいことを...
受念寺に併設する軽費老人ホーム受念館で、浪速中学・高校の吹奏楽部の生徒の皆さんによる慰問演奏会が行われた。会場は受念寺の本堂である。入居者の方々は、歩行困難の方も介助されたり車椅子に乗ったりして、皆本堂に集まる。様々な...