[この記事は『崇信』二〇二五年九月号(第六五七号)「病と生きる(115)」に掲載されたものです]
さみしそうに外を眺めている。部屋をたずねるといつも窓際に座り、塗り終わったぬり絵が無造作に机に残されている。声をかけると、「ひまです」と一言。そして二言目にはいつも「家に帰りたい」と言われる。
現在は入院している必要がないぐらい落ち着いているかたである。しかし介護が必要な状態ではある。ご家族は自宅で引き受けるのは難しいという。では介護施設はどうかといえば、受け入れる施設がなかなか見つからないという。ご本人もそれは望んでいない。
ではこのかたはいったい、どこに帰ればいいのだろうか。
病院は治療する場所であって、生活の場にはなかなかならない。介護施設であれば、行事やクラブ活動や、何かしら生活にハリが与えられるように工夫されている。このかたは以前編み物教室にわざわざ電車で出かけて行っていたと聞いたことがあった。そういうことができればいいのではないか、などと思いをめぐらせる。
では自分のことを考えればどうか。帰る場所は一応ある。では何らかの事情で帰れないとなるとどうか。「お念仏さえあれば、どこであろうとそこで生きていける」とわけしり顔でいるようだが、そもそも今、ほんとうの意味で「ここで生きている」と言えるのだろうか。むなしい、さみしいという心が起こるとき、それは「帰るべきところ」に帰ることができず、そこを求めてさまよう姿が現れているのかもしれない。
単に「帰るべきところ」を物理的な場所や、具体的な状況ということで考えれば、与えられることには限りがある。どうしても自宅には帰れない状況、家族と一緒には住めない状況はありうる。それを得ようとしても限界があるのである。人それぞれだと言ってしまえば、問題は他者と共有できない。そこに生命観、人間観ということが問われる。
産道を通ってこの世に生まれて生が始まり、いずれ心臓が止まって生が終わる。ただ生まれたことは偶然で、生まれたいと思って生まれたわけでもない。そうであれば自分の人生は自分が背負うものだと言っても、そこには根拠がない。根無し草が漂うしかない。
善導大師は「自の業識をもって内因と為し、父母の精血をもって外縁と為す。因縁和合するが故に此の身あり」(『観経読』「序分義」真聖全一、四八九~四九〇頁)と言う。父母によってというところは日常的、生物学的な受け止めに近いようだが、ここに「自の業識」とある。外縁だけでなく内因を見るということが大事なようであるが、どう受けとめたらよいのか難しい。「因縁和合」ということも合わせれば、あらゆる縁が結実すると同時に、私が私として生きようとする意欲があって、自己が始まるということか。そしてその意欲は「無明」に基づいているから、これは私ではないと言って苦悩するということを教えているのか。
親鸞聖人は「真実信の業識、すなわちこれ内因とす。光明名の父母、すなわちこれ外縁とす。内外の因縁和合して、報土の真身を得証す」(『真宗聖典』(第二版)二一〇頁)とおっしゃっている。それを受けて児玉曉洋先生は「浄土に心開かれた真実の生命をどうして得ることができるのか。問題はその一点に煮詰まってくるわけです」(「はじめのお母さん」『児玉曉洋選集第一巻』四三六頁)と押さえておられる。
「帰りたい」という声を、ただ自分の欲する状況を求めるということではなく、その奥に、「浄土に心開かれた真実の生命」を求める声を聞くなら、それは私の声でもある。それを聞かずに、「あなたには帰るところがないが、私には帰るところがある」などとは言えない。帰るべきところが開かれるのは、智慧のはたらき(光明)が縁、南無阿弥陀仏という言葉(名号)が因となって、それを聞こうとする意欲(真実信の業識) が生まれたときであると受けとめればいいだろうか。それはどういう内実を持っているのだろうか。そういうことを窓際で外を眺めながら一緒に確かめなければ、「帰りたい」ということの中に厳粛な意味が見えてこない。






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