人生に喜びはあるか ―医療現場の問いと仏教の問い―(7)
まとめ 一緒に問いたずねていく 長らく確かめさせていただきましたが、いま改めて問題にもどりますと、問題は、「人生に喜びはあるのか」「絶望の中からどうして歩み出すことができるのか」ということでした。そして、「出会いによって...
まとめ 一緒に問いたずねていく 長らく確かめさせていただきましたが、いま改めて問題にもどりますと、問題は、「人生に喜びはあるのか」「絶望の中からどうして歩み出すことができるのか」ということでした。そして、「出会いによって...
出会いの根拠 苦しみにとどまれない もうすこし、先ほどの安楽死を選んだ女性の言葉に戻って確かめておきたいと思うのですが、もうひとつここで注目しておかないといけないことは、「私が私であるうちに」と言われている言葉です。 「...
しかしそうはいっても、実際の医療現場で、そういう智慧、人間の問題を一緒にたづねていこうということにはなかなかならなくて、「これさえなければいいのに」「私はこうしたい」という、個人の問題というところを越えてたづねるというこ...
人間であるが故に ここまでALSの患者さんのことをご紹介させていただきましたけれども、我われ医療の現場にいる医療者、私自身も含めてどういうことが欠けていたのかということを、宮下先生を通して仏教を学んだときに教えていただい...
向き合うべき問い —四門出遊の問いとALS患者の問い だから「問いにとどまる」ということは「痛みにとどまる」ということもあるのではないかと思うわけです。しかし問いにとどまる、痛みにとどまって尋ねるといっても、どう尋ねたら...
二つの転機 僕は医療現場で抱いた自信のようなものを二度くずされたと思っているのですが、一度は患者さんから、そして二度目は仏教を学びに大谷大学に入って先生に出会ってからだと思っています。一つは、先ほどの患者さんからの「あ...
(2022年3月26日に行われた『崇信』巻頭言同人会の講話を、『崇信』編集者に文字起こししていただいたものです。) はじめに みなさん、こんにちは。直接お会いすることはなかなかありませんし、昨今の新型コロナの状況でます...