遙かなる記憶
[この記事は『崇信』二〇二五年六月号(第六五四号)「病と生きる(112)」に掲載されたものです] 認知症を診る外来では、記憶ということに着目することが多い。そして、その記憶が失われることをみな恐れ、悲しむ。 最近何かあり...
連載「病と生きる」[この記事は『崇信』二〇二五年六月号(第六五四号)「病と生きる(112)」に掲載されたものです] 認知症を診る外来では、記憶ということに着目することが多い。そして、その記憶が失われることをみな恐れ、悲しむ。 最近何かあり...
連載「病と生きる」[この記事は『崇信』二〇二五年一月号(第六四九号)「病と生きる(108)」に掲載されたものです] 病院の外来をしていると「さみしい」という声をしばしば聞く。本誌でも孤独をテーマに何度か書かせていただいた。 孤独に対して、...
連載「病と生きる」[この記事は『崇信』二〇二四年十二月号(第六四八号)「病と生きる(107)」に掲載されたものです] 中村哲氏は、パキスタンとアフガニスタンで病や貧困に苦しむ人々に寄り添い続けた医師である。大干ばつで農業が壊滅し、渇きと飢...
連載「病と生きる」[この記事は『崇信』二〇二四年三月号(第六三九号)「病と生きる(99)」に掲載されたものです] 入院したときから寝たきりの患者さんがおられる。確定診断はついていないが、おそらくパーキンソン病の進行期である。呼びかけてもほ...
連載「病と生きる」[この記事は『崇信』二〇二四年二月号(第六三八号)「病と生きる(98)」に掲載されたものです] 脳卒中の後遺症で長らく外来に通院されているかたがおられる。右上下肢に麻痺がある。以前、片手ではマスクをつけにくいという当たり...
連載「病と生きる」[この記事は『崇信』二〇二三年八月号(第六三二号)「病と生きる(92)」に掲載されたものです] 先日、最近認知症外来に通い始めたあるかたが、話し始めるなりこうおっしゃった。「何もする気が起こらない。早く死んでしまいたい」...
連載「病と生きる」[この記事は『崇信』二〇二三年四月号(第六二八号)「病と生きる(89)」に掲載されたものです] 病院に併設する介護施設から相談があった。“不穏”で困っているという。看護記録を見ると、「昼食後『誰が送ってくれるの!?』『私...
連載「病と生きる」[この記事は『崇信』二〇二三年三月号(第六二七号)「病と生きる(88)」に掲載されたものです] 昨年十二月、「本人の意向を尊重した意思決定のための相談員研修会」というものに参加した。意思決定を支援する相談員の育成と、AC...
連載「病と生きる」[この記事は『崇信』二〇二三年一月号(第六二五号)「病と生きる(86)」に掲載されたものです] 認知症の母の介護に手を焼いている、と息子さんから相談があった。尿や便を頻繁に漏らしてしまうという。膀胱括約筋の働きは弱くなる...
連載「病と生きる」筋強直性ジストロフィーの方が入院されたときのことである。一時食事量が減り、呼吸状態も悪くなった。すぐに持ち直したが、今後栄養が取れなくなったとき胃瘻を造設するか、呼吸状態が悪くなったとき人工呼吸器を使用するか、などの選択...