心の置き場所
安田理深先生は「『唯識三十頌』聴記」で、このように述べられる。 有漏の諸法を蔵するとは、つまり私が経験をもつということ、それが阿頼耶識である。総じて生活ということを成り立たせる識である。私という言表が、それにおいて立てら...
連載「病と生きる」
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連載「病と生きる」安田理深先生は「『唯識三十頌』聴記」で、このように述べられる。 有漏の諸法を蔵するとは、つまり私が経験をもつということ、それが阿頼耶識である。総じて生活ということを成り立たせる識である。私という言表が、それにおいて立てら...
講話の記録向き合うべき問い —四門出遊の問いとALS患者の問い だから「問いにとどまる」ということは「痛みにとどまる」ということもあるのではないかと思うわけです。しかし問いにとどまる、痛みにとどまって尋ねるといっても、どう尋ねたら...
連載「病と生きる」安田理深先生は「『願生偈』聴記」で、このように述べられる。 浄土は、相から出発するところにはない。相を果とするところの因位、その果となるところの相なき相から出発するところに、あるのである。人間的悩みから出発するのではない...
講話の記録二つの転機 僕は医療現場で抱いた自信のようなものを二度くずされたと思っているのですが、一度は患者さんから、そして二度目は仏教を学びに大谷大学に入って先生に出会ってからだと思っています。一つは、先ほどの患者さんからの「あ...
連載「病と生きる」仏教の課題につながりにくいと考えて、あまり治る病気のことを書いてこなかったが、神経疾患にはもちろん治癒する疾患もある。そのことも少し記しておこうと思う。 あるとき、五十代の男性が意識障害で救急搬送され、救急診療科より脳神...
講話の記録(2022年3月26日に行われた『崇信』巻頭言同人会の講話を、『崇信』編集者に文字起こししていただいたものです。) はじめに みなさん、こんにちは。直接お会いすることはなかなかありませんし、昨今の新型コロナの状況でます...
連載「病と生きる」当直中、看護師から電話が鳴った。患者さんがなかなか部屋に戻らず、不穏な状態で困っているとのことであった。この病院では、体調のよい方はデイルーム(談話室)でテレビを見ながら、一緒にご飯を食べるようにしている。食事が終わって...
連載「病と生きる」筋強直性ジストロフィーの方が入院されたときのことである。一時食事量が減り、呼吸状態も悪くなった。すぐに持ち直したが、今後栄養が取れなくなったとき胃瘻を造設するか、呼吸状態が悪くなったとき人工呼吸器を使用するか、などの選択...
連載「病と生きる」わざわざ語る人が少ないのであまり知られていないかもしれないが、実は医師には書類仕事が結構多い。特に脳神経内科医は神経難病や認知症を診るので、難病認定のための書類の他、介護認定、訪問看護やリハビリの指示書など様々なものを扱...
連載「病と生きる」先日、ALSの患者さんが四十三年の生涯を終えられた。昨年十月には手紙を書き(病と生きる(72))、本年三月号には眼が見開いたことを記したばかりであった(病と生きる(76))。長い闘病であった。私ができることは何もなかった...